映画『桐島、部活やめるってよ』 神亡き世界の中で

◆学校生活を平和に過ごすための心得

１．スクール・カースト上位者に取り入れ

　　自分がいくら無能でも取り入るだけで、心穏やかに過ごせる。

２．スクール・カースト下位者を馬鹿にするな

　　非常時には彼らが頼りである。馬鹿にするとビンタされるよ。

３．思春期を消滅させよ。成長を拒否せよ。

　　年次予定表から「思春期」を消そう。思春期は必然的に苦悩に満ちている。

◆桐島という神

　桐島とは誰か、という問いが本作最大の謎ではあるが、この謎に対する答えは、製作者が桐島を登場させるつもりがないことを確信する序盤の段階で、見当がつくようになっている。桐島とは、学校生活における神である。彼の存在が、他の生徒の学校生活の正当性を保証し、スクール・カーストの序列システムを稼働させている。したがって、桐島の不在は、学校生活の正当性を崩壊させ、スクール・カーストを失効させる。たった一人の生徒が部活をやめたことで、連鎖的に動揺が広がっていくのは、このような構造があるためであろう。

　神亡き世界で、それぞれの生徒はどのように生きていくのだろうか。ここに思春期の残酷な人間関係や、切実さ、自分に対する情けなさや、他者に対する違和感が去来する。改めて外から眺めてみると、思春期とはなんと切ない時期なのだろうか。皆、平気なふうに装いながら、水面下では必死で自他と闘っている。神の再臨を望む者、神の不在によって己の無能と対峙せざるを得ない者、神の不在に気づかないふりをする者、そして、予め神を失っていた者たち。思春期って本当にしんどいなー。

　しかし、他人事ではない。神の不在は、あらゆる規模で相似形を見いだすことができる。例えば日本社会は今まさに「経済成長」という神を失って行先を失っているし、もう少し大きく見れば、現代社会はリオタールのいう「大きな物語」を喪失した時代だし、あるいは近代とはそもそも「神が死んだ」後の時代である。僕たちは、あらゆる階層の“桐島”が撤退したあとの世界で、路頭に迷っているのである。自分が何を欲しているか、自分が決めなければならない。本当にしんどい時代です。

◆神亡き世界の中で

　二人の登場人物の関係が面白い。宏樹と涼也である。

　宏樹は、桐島の親友であり、桐島の影のような存在である。明示されているわけではないが、おそらく成績も悪くなく、スポーツもでき、友人や恋人も持つ宏樹は、一見すると桐島と同じような生徒であるが、彼は、この生活が実は虚しいことを知っている。友達がうらやむ恋愛にしても、もう情熱を感じることもない。桐島という神が保証している様々な正当性が、実は無根拠であることを知っているのである。桐島がいなくなったことで、宏樹はその無根拠性と本格的に対峙しなくてはならない。

　もう一人の涼也は、映画部部長である。彼は、言わば、予め神への信仰を拒否している。

「恋愛とか、友達関係とか、そういうの、俺たちにとってはリアルじゃないんだよな」

と同じ映画部員が言ったように、彼を含む映画部員は、スクール・カーストの最下部に甘んじ、上位の生徒から嘲笑を受ける立場である。彼らにとって、桐島が正当性を保証している理想的な学校生活なんて、なんぼのモノでもない。手も届かなければ、もうすでに手を届かせる気も失っている。涼也は失恋の痛みを昇華することで、新しい神を見つけている。「自分の作った映画が、自分たちが好きな映画とつながっている気がする」。

　そんな涼也と向き合って、宏樹は涙を流すのである。宏樹には最後までどんな光明も見えてこない。彼はおそらく、明日も同じ涙を流すだろう。桐島を失った学校で、何をしていいかもわからず、何をしても価値があると感じられず、しかし、何もしないわけにいかず、明日も空虚な生活を続けるだろう。涼也が書いた脚本には、このような台詞がある。「僕たちはこの世界で生きていかなくてはならないのだから」。

　ならば、次の一歩はどこに向かえばよいのだろうか。別の神に乗り換えるのも一つの選択だろうし、神亡き世界を漂いながら刹那的に生きるのも一つの選択だろう。ところで、劇中で唯一、桐島不在の影響を全く受けていない人物がいる。それは、野球部のキャプテンである。彼は典型的な野球馬鹿であり、負け続ける野球部にあって、「次は勝てる気がする」という淡い希望に浸って、ひたすら練習に明け暮れている。３年生になっても野球をやめていない理由を問うた宏樹に、野球部キャプテンは、ドラフトが終わるまでは野球を続ける、と事も無げに言う。

「キャプテンのところに、スカウトとか来たんですか？」

「ううん、来てないよ」

　キャプテンは、ドラフトの対象にすらならないだろう。しかし、宏樹はもはやキャプテンを馬鹿にすることができない。むしろキャプテンが羨ましくてたまらず、自分が恥ずかしくてたまらない。しかし、キャプテンが、次の一歩の最終回答になることはないだろう。ラストで、宏樹は助けを求めるように桐島に電話をかける。しかし、桐島は出ない。宏樹もまた、神亡き世界で足掻くしかない。

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