僕は映画狂、というより、映画を語りたい今日

もしかすると、映画そのものよりも映画館の暗闇のほうが好きかもしれない。

寒い朝の戦闘モード

  天候こそ、人の性格を決めるんじゃないか、と思うことがある。いや、もっと正確に言うと、肌にあたる風の触感。あれこそが性格を決めるのではないか。

 この時期、日の出直前の真っ暗な朝に出ると、街も家も何もかもいつもよりもずっと静かで、ただでさえ寒いのに無音で余計に風が冷たく感じてくる。

 特に意識していなくても、なんだか少し戦闘的な気分である。寒さとの闘いである。こちらは攻める気がなくても、寒さは無表情でこちらに攻めてくる。ありとあらゆるところから侵入してくるのは、本当に勘弁してほしい。特に首筋とか。ある程度は衣服の力も借りながら、しかし、気持ちも無意識の内に迎撃態勢を取っている。ロシア人ならウォッカがあれば十分に戦いぬけるのかもしれないが、僕にはウォッカがない。だから生身で闘う。迎え撃つ。さあ来やがれ寒さのやろう。

 普段はほとんど戦闘的な気分になることがないので新鮮な気分である。ロッキーのテーマが流れてきそうだ。シャドーボクシングに卵一気飲み。僕は負けないよ。何回でも立ち上がってやるんだ、ぱぱーんぱーん、ぱぱーんぱーん。しゅっしゅっしゅ。

 気のせいか眉毛も濃くなってきて、眼光が鋭くなってきた気がする。世界を相手にただ一人正義を貫き通してやろうかという気概さえわいてきたときに後ろから、

「こんにちは」

と爽やかな声が聞こえきた。小柄な女性が微笑んで手を振っている。僕は依然として太い眉毛のまま「んんん?」と男らしく振り向いたのはいいが、目の前にいるのがアラスカヒグマではないことに動揺を隠せぬまま、女性の顔を一瞬じっと眺めた。やっぱり微笑んでいる。一気に解けていく戦闘モード。そして起動した緊急モード。なんだ、何が起こっているんだ。

 僕は手を振った。とりあえず手を振った。少しだけ笑顔を作ってみる。眉毛はもう尻込みしながら恥ずかしそうに身をよじっている。

「こんにちは」

 なんだかわからないけれど、とにかく挨拶を返した。記憶の中の顔面データを検索中。ダレナノダアナタハ、ダレナノダアナタハ。

 急に怪訝な顔になって、改めて僕の顔をちらりと見る女性。今までその女性が僕を見ていなかったことに、このとき初めて気づいた。振り向くと後ろにその女性と同じくらいの年の男性が手を振っていた。再び戦闘モードへ。孤独な戦いは今日も続く。