僕は映画狂、というより、映画を語りたい今日

もしかすると、映画そのものよりも映画館の暗闇のほうが好きかもしれない。

【ジョン・ウィック】とりあえずキアヌ・リーヴスが怒り狂っています【感想】(現在公開中)

【KeyWord】キアヌ・リーヴス、犬と車、マフィア壊滅の理由、男性の自尊心

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 問題です。

 「○○くらい、犬と車が好き!」。 さて、○○に入る言葉は何でしょう。

 →<答え> ロシアン・マフィアを壊滅させる(くらい)

 

 愛の深さを表す言葉は数あれど、それがロシアン・マフィアであることはキアヌを措いて他はないだろう。マフィアにとっては迷惑な話だが、当然のことながら、観客はキアヌの味方である。

 詳細は次の通りである。キアヌは妻ヘレンに出会うまでは、裏社会にその名を轟かす凄腕の殺し屋だった。犬は亡き妻からの最後の贈り物。そして車は、近くの空き地で(たぶん毎日)ブンブン乗り回して癒しを得るほど好きだった。犬と車を奪ったのは、ロシアン・マフィアの首領のドラ息子。ドラ息子は、当然のことながら相手が元殺し屋であることを知らない。キアヌは以上の関係の中で、復讐の火を燃えたぎらせる。ロシアン・マフィアは慌ててキアヌをなだめるが、それが成功しないと悟った瞬間に殺し屋を雨あられと送り込んでくる。しかしキアヌには通じず、ドラ息子は「なんだよ、たかが犬・・・」というセリフの途中で胸に銃弾をバコバコ打ち込まれて死亡。ついでにロシアン・マフィアも全滅。まあ、そりゃあそうだよね、キアヌを怒らせちゃったんだから。

 キアヌの闘い方が、ちょっと普通とは違っていて見ごたえがある。近接戦闘が基本で、銃も相当な至近距離でしか打たない。銃声の音量がほかの映画よりも大きく設定されているのか、キアヌが打つたびにその物量感が伝わってくるスプラッタームーヴィーほどではないが、血を流れ具合もR15指定という感じ。カンフーのような技を使うのは見慣れている気もするが、たびたび絞め技を使うのは新鮮。時には首をパキっと折っちゃったりしてサービス満点。刺激のない日常を送っている諸氏には、ちょっとした強心剤になるだろう。僕は見ていて痛そうだったからちょっと苦手だったけれど、心臓にとってはいい運動になったような気がする。

 ここからは、映画の内容からかなり離れるのだけれど、「ジョン・ウィック」のような映画は、男性に特有(だと思われる)欲望を満たしてくれるので、大ヒットはしないかもしれないが、観れば一定以上の満足が得られるような気がする。その欲望とはつまり、

「あの人を怒らしちゃ、ただじゃすまないぜ」

「あの人、今はフツーの人だけど、昔はすごかったらしいよ」

なんて言われたいというある種の自尊心で、日本では少年ジャンプがくすぐるのを得意としている(例えば「るろうに剣心」とか)。

 僕ももちろん「くすぐられた男性」のひとりなのだけれど、そういう自分のことを観察していて、どうして自分(男性)はこんなに馬鹿なのだろうか、と考え込んでしまう。「一目置かれたい気持ち」が溢れすぎているのだが、「一目置かれること」なんて日常ではほとんどないので、結果的には、餌を欲しがる犬みたいに、シッポをフリフリして自尊心が満たされる瞬間を乞い続けることになる。どうして我々(男性)はこうなのか。キアヌ・ルーヴスがマフィアを次々と絞め殺しているときに、そんなことを考えてしまった。

(監督:チャド・スタエルスキー 2015年 アメリカ)