僕は映画狂、というより、映画を語りたい今日

もしかすると、映画そのものよりも映画館の暗闇のほうが好きかもしれない。

【ウルフ・オブ・ウォールストリート】貧乏人よ、覚悟せよ。【感想】

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 ひたすら嗤った。この物語には、たった一つの要素しかない。酒、ドラッグ、女、車にクルーザー。つまり、宇宙大の消費者的自由。世界よ、これが成金趣味だ! 相対する貧乏人諸君よ。愛だの恋だの家族だの、って、それはどれほどの覚悟があってのことだい? 本当にジョーダン・ベルフォートを嘲笑できるか。脳が痙攣するほどの快楽を得たくはないか? 優越感を? 貧乏人の頬を札束で叩きたくはないか?

By Wahhahha

 

◆カネよりも愛が素晴らしいわけではない。

 痛快である。主人公にはどんな葛藤もない。ひたすらカネ! カネ! カネ! この一点張り。天賦の才を持つジョーダン・ベルフォートが、その才を存分に発揮してカネを稼ぎ、放蕩の限りを尽くす話。

「自分は、果たしてジョーダン・ベルフォートよりも、幾分はましな人間なのか?」

 人生に何かしら一般的な尺度を求めている時点で、すでにこの問いは、ジョーダン・ベルフォート的なのかもしれない。彼は、スクリーンのこちら側では、あらゆる意味でヒーローではないが、スクリーンの向こう側では、ヒーローになり得る。己の欲するところを誰よりも知り尽くし、誰よりもその欲望に正直に生きている人を見るのは、その欲望が何であれ、気持ちのよいものだ。

 意外にも彼は、創造的な人物でさえある。お金の使い方は成金そのもので何のオリジナリティもないが、彼が社員を鼓舞するために、一席の演説をぶつところは圧巻である。

「電話を切るな! 客が買うか、死ぬまでだ」

 たった一つの強い意志が、他の意志を巻きこんで、巨大な意志へと成長する様子が目に見えて理解できる。僕はこのシーンがいちばん面白く感じた。正義などの大上段に構えた概念が力を失う中、この時代に人を動かすのは、このような桁外れの情熱でしかないのかもしれない。

 僕は、この映画を見て、金が欲しいと思った。何にもコミットできていないことに悩みを抱えている人間は、きっとジョーダン・ベルフォートの魅力にやられてしまうだろう。自分は商才が全くないことを痛感しているので、この道に進むことはないだろうが、ベルフォートの欲望が感染して、自分のものになる可能性はある。ベルフォートも言っていたが、「どんなときでも、金持ちのほうがいい」。その通りだと思う。

 有り余るカネを持ったジョーダン・ベルフォートは、結局、愛を得られなかった。このことに溜飲を下げる人間は、本当はカネが欲しい人間だろう。もちろん、自分がそうかもしれない、と思いながら書いている。損得でいうと、ほとんどの人間は金持ちになれないから、愛が人生で最も大切だと思いこんでいる方が、幸せになれる。しかし、本当にお金が欲しい人がそれで収まるはずもない。そのはけ口が、金持ちは愛を知らない、という定番のイメージである。しかし、本当は愛も(つまり我々が愛と呼んでいるものも)、カネと同じくらい虚飾に満ちていて、美醜が入り混じっているものだろう。

 宇宙人の目には、カネだけを追って放蕩する人物も、これが愛だの恋だの叫びながら一喜一憂している人間も、同じようなものに映るかもしれない。自分の価値を保証してくれる力や価値が欲しいだけの、弱弱しい生物にしか見えないかもしれない。刑務所に入ったジョーダン・ベルフォートが頼るのも、やはりカネの力だ。自分が望むものを知り、それを獲得できる力を持った人間は、何にせよ、幸せなのだと思う。冒頭の問いに戻るのなら、自分は幸せじゃなくてもいいや、というところまで覚悟しなければ、自分はジョーダン・ベルフォートの足元にも及ばないだろう。

 (マーティン・スコセッシ監督 2013年 アメリカ)

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